1
アイコはすでに人間の形も留めていなかった。
体から生えた大蛇が手足のように動き、たちまち祐子たちを捕らえてしまう。
勝ち誇るアイコに何物かが激しくぶつかり、子供たちをもぎ放した。
思わぬ展開に振り向いたアイコの目に映ったものは、息を切らして飛び込んできた鬼太郎だった。
「こんなことをしたって、幸せになんかなれないのは知ってるじゃないか!」
真正面からぶつかってくる鬼太郎を冷たくあしらうアイコ。
「お母さんは私をきれいに生んでくれなかったし お父さんは小言ばかり、お友達だって本当は私を馬鹿にしているのよ。
誰も私の本当の気持ちなんて分かってくれなかったわ。だから決めたの、誰のことも真剣に考えるのよそうって」
薄笑いを浮かべるアイコの周りに、どす黒い霧が立ちこめてゆく。
「そう思えば誰が死んでも平気、寂しくて可哀想な私のために羊に生まれ変わるんだから別にいいじゃない?私は羊を7つそろえて幸せになるの」
あまりに幼稚で身勝手な動機に、言葉を失う一同。その沈黙を破ったのは綾音だった。
「そんなのおかしいわ!かわいそうなのは羊にされちゃった人の方じゃない!」
まっとう過ぎる意見をぶつけられ、かんしゃくを起こすアイコ。
どうせ辛いことは鬼に肩代わりしてもらえるくせにずるい、と言うアイコの言葉に今度は綾音が切れた。
「鬼鬼って、うちの家族を馬鹿にしないでよ!あんたなんかよりずっと一生懸命生きてるんだからね!」
言い返す言葉を失ったアイコが怒りを爆発させる。
その爆心地に身を投じたのは、鬼太郎だった。



大蛇に体を貫かれながら、鬼太郎はアイコを抱きしめていた。
「思い出すんだ、アイちゃん…」
差し出した手のひらには小さな貝殻。
それは遠い昔、アイコが再会の約束のしるしとして鬼太郎にプレゼントしたものだった。
ゆっくりと甦る優しい記憶、たくさんのものを好きだった日々。
とっくに捨ててきたあの日と変わらない鬼太郎が、目の前にいる。
壊してしまわなければならない、昔の自分はもういないのだから。
世界中の人が言うことを聞いてくれるようおまじないをし、悪魔と契約したのだから。
「苦しいから思い出させないで!知らない、鬼太郎なんかいないわ。このまま消えてえっ!」
悲鳴をあげて、アイコは鬼太郎を突き飛ばした。
「だって仕方なかったんだもの、私だって頑張りたかったのに、だってだって…」
瀕死の鬼太郎を前に拒絶と言い訳を続けるアイコが、止めを刺せないでいることに気づく悪魔くん。
「君はだまされているんだ」
猛然と反発するアイコに、理路整然とした説明が追い討ちをかける。
「嘘じゃない、現に君の体は何年も眠ったままだ。鬼太郎は言っただろう?『君に会ってきた』って…」
メアは大した魔力を持たない低級な悪魔で、願いを叶えられるような力はない。魂を削られながら「願いが叶った夢」の中を、死ぬまでさまよう事になるだけ…。
愕然とするアイコに鬼太郎が渾身の笑みで呼びかける。
「もう一度、はじめましてからやり直そう…」
アイコの瞳が正気を取り戻し、10歳の少女の姿はガラスのように砕け散った。



アイコの抵抗によってコントロールを失ったメアが、無数の大蛇となって暴走を始めた。
アイコと羊にされた子供たちを元に戻すには、契約を超える呪力でメアを切り離すしかない。
その時、勇樹の魂にしまい込まれた「戦乙女の剣」が事態を感知し姿を現した。
絶大な魔法解除の能力を持つ大剣にばっさりと切り離された大蛇の束を、悪魔くんの魔方陣が捕らえる。
「退去せよ悪夢、正しき闇の懐に!」
強力な返還魔法が発動し悪夢は消え去った。アイコは自分の体に戻ったのだ。そして、悪魔から買い戻した命の使い方は、本人次第だった。
ボロボロの鬼太郎の痛みを思い、手放しで泣き出す子供たち。
「私は忘れないよ、いっしょだったのも大好きだったのも、みんな本当だもん!」
思いがけない反応に胸を詰まらせる鬼太郎。
そして時を同じくして病院を後にするディオ、わずかな微笑がその口元に浮かんでいた。



自分の体に戻ったアイコがどんな人生を選択してゆくかは、誰にも分からない。目を覚ますかどうか、記憶に「鬼太郎」と言う言葉が残っているかどうかも。
人とは違う時の流れを生きる森の少年には、人間を追いかけてゆくことはできないのだ。
だから今日も子供たちは森へ行く。
鬼太郎に会うために、何かを真っ直ぐに好きな自分に会うために。





<呪詛遊戯    
ら・むうん畑
博物館TOP
図書館TOP
ら・むうん畑
博物館TOP
図書館TOP